校長の道徳授業

青い鳥を探して5 「コンプレックスをふっ飛ばせ!」

2011.11.21

世界的人気歌手マイケル・ジャクソンさんが、昨年の6月25日亡くなりました。世界中の多くのファンを悲しませました。死因は何であったかはともかくとして彼が深刻なコンプレックスで悩んでいたという記事を見たときは本当に意外な思いがしました。豊かな才能を持ち、世界的名声と桁違いの富を得た彼に、コンプレックスなどあろうはずがないと誰でも思っていたはずです。しかしそうではなかったのですね。

彼のコンプレックスは、世界中のファンが抱いているマイケル・ジャクソンのイメージと、彼自身が知っている実の自分とのギャップの大きさが原因だったとその記事には書いてありましたが、それを読んで本当に気の毒に思いました。そして、今から私が君に話す内容を誰かが彼に話していたならば、こんな結果にはならずもっともっとその豊かな才能を発揮して活躍できたのかもしれないのになあと思って残念な気持ちになりました。

ポプラ通信8月号の「前を向いて歩こう」で、人生の歩き方に、後ろ向き、横向き、そして前向きと3つのタイプがあるという話をしましたね。コンプレックスの原因の一つは、横向きに歩く人生にあります。横向きに歩くタイプの人というのは、周りの目や世間体ばかりが気になるタイプの人のことです。ぜんぜん前を見ないから怖くてたまらなくなるし、歩きにくいから疲れてしまうのです。

マイケル・ジャクソンさんは、世界中のファンの目が気になって仕方がなかったのです。私たちと違って世界中の目ですから想像を絶するプレッシャーだったはずです。彼の元妻の父親はやはり一世を風靡した世界的人気歌手エルビス・プレスリーですが、やはり大量の薬物摂取が原因で42歳の若さで亡くなっています。同じ悩みがあったのでしょうね。

マイケルのパフォーマンスにムーン・ウォークがありますね。前に歩いているように見えて後ろに進んでいる、あれです。舞台ではムーン・ウォークだったけれども人生はクラブ(蟹)・ウォークだった。だから怖くてたまらなかったはずですし、疲れ果ててさぞかしつらかったはずです。

彼にとって前を向いて歩くというのは、ファンが抱いているイメージと彼自身が思っている「嫌な自分」と、どちらを「本当の自分」と信じるかという点なのです。このことはマイケルだけの話ではありません。君にも私にも、もちろんみんなにも当てはまることなんだよ。マイケルの場合だとファンが抱いているマイケル・ジャクソンのイメージ、我々だったら自分の心の中にある「なりたいと思っている自分のイメージ」が、実は「本当の自分」だと知ることなのです。なぜなら嫌な自分というのは自分の本質と異質だから拒絶反応を起こしているから「嫌」なのであって、「なりたい」と思う自分は、自分の本質と同質だからこそなりたいとあこがれるのです。マイケルの場合は、ファンが抱いているマイケル・ジャクソンのイメージこそ彼自身にとっては「なりたい自分」なのだから、それが「本当の自分」なんだと信じることが、前を向いて歩くという意味なのです。

「前を向いて歩く」とは分りやすくいうと自分を信じることに他なりません。自分の心中にいるなりたい自分こそが本当の自分だと信じることなのです。そしてそれを信じてまず一歩を踏み出してみるのです。なりたい自分は明るく元気な挨拶をするはずだから、まずそれからでいいんだよ。

もう一つ、若者がコンプレックスに陥る原因があります。若い頃というのは古今東西を問わず多かれ少なかれコンプレックスに悩むものなのですが、現代の日本の若者の傾向としてそれが極端で、しかもなかなかそれから立ち直れずにいる。それは「平等思想」が教育  界で過剰に徹底されるようになってからの特異現象としか、私には思えないのです。例えばいつの頃からか小学校の運動会などで順位すら決めなくなった時期がありました。平等の原則に反するからという訳です。子供たちに人間は皆、何でも平等が当たり前と教えたのです。しかし物心がついてくると、平等ではない現実に嫌でも気づきます。それは昔だって同じでした。何でうちはこんなに貧しいのだろうとか、片親しかいないのだろうとか。ところが昔は、現実の社会は不平等が当たり前と知っていたからすぐ立ち直れた。しかし現代の若者は平等が当たり前と思わされてきたから、立ち直れず深刻なコンプレックスに陥ってしまうのです。

人間に与えられた平等は、命の尊厳における平等、国民として歴史文化を共有している平等、そして法律の下の平等であって、何もかも平等であるはずもないし、ありうるはずもない。生まれも育ちも違うし、身長体重も違う。顔つきも違い才能も違う。職業も違うし収入だって違う。趣味も違えば嗜好だってそれぞれですよ。第一男性と女性の違いがあるではありませんか。昨今ジェンダー・フリーとか言って男女の違いを認めないなんて訳の分らないことを学校現場に持ち込んでいるようですが、愚の骨頂ですよ。あほらしくてコメントする気にもなりません。

どうやら近年になってわが国では、「平等」という概念が拡大解釈されていく中で、はき違いされるようになってしまったと言わなければなりません。そして先に述べた本当の平等である生命の尊さや国民として等しく共有している日本の歴史文化の尊さも教えない。そんな教育のあり方こそ、許しがたい不公平・不公正ではないかと思います。

世の中は不平等が当たり前、不平等だから人生は面白いのですよ。そのことが分れば、それが原因で陥っていたコンプレックスは解消できるのです。さあ、もう分ったでしょう。君もコンプレックスなんてふっ飛ばしてしまおうよ。明るく元気な挨拶ができるよう一人のとき鏡の前でニッコリ笑って「お早う」と元気よく言ってごらん。まず練習してみよう。そしてこの世の中は不平等が当たり前。自分と同じような悩みを持った子は大勢いるということを思い出して下さい。するとそのコンプレックスは吹っ飛んでしまうから…。


関連記事

カテゴリー

アーカイブ

勇志国際高等学校への
お問い合わせはこちら CONTACT

お電話でのお問い合わせ 0120-5931-35

イメージ