校長の道徳授業

若者が拓く「新しい平和主義の時代」その3

2018.09.15

1、3番目の「平和主義」

日本国憲法前文の「平和主義」の3つの規定のうち、2つをすでに学びました。今月は、最後の3つ目の規定です。

 実はこの3つの平和主義に関する文言は全部で203文字です。最初の「平和を愛する諸国民云々」は40文字、次の「専制と隷従、圧迫と偏狭云々」は61文字、そして3番目は102文字で全体の半分強を占めています。字数からしてもどの規定に重点が置かれているかわかると思います。

 では3番目の規定をおさらいします。

  我らはいずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。

 憲法前文の文章は、とても難解です。理由はアメリカ軍が英文で書いて、それを日本語に直訳した文章だからです。しかもいわゆるコピペですから、意味も一貫していません。

 理解しやすいように、国語の現代的な表現に翻訳します。

 私たち日本国民は、次のことを信じています。

まず、日本さえ平和で発展すれば、他の国はどうでもいいというような狭い自己中心的な考えをするのではなく、自国も他国もともに平和で発展することを願って行動しなければならないこと。

そして、その考えは、世界に共通する国家としての政治道徳であること。

そのうえで、この政治道徳に従って、自国の国家主権を維持し、他国と対等の関係に立つことが各主権国家の責務であること。

私たち日本国民は、そのために努力します。

 

2、「一国平和主義」を否定した憲法前文

「日本さえ平和で発展すればいい」というような考えを、「一国平和主義」と言います。これは、7月号で学習した「お花畑で夢見る乙女」を演じていた日本の状態のこと、つまり「空想的平和主義」のことです。世界の現実を無視し、日本が憲法9条を守って軍備さえ持たなければ、日本を攻める国はないし、戦争に巻き込まれることもないという考え方ですね。

それは前文の3つの平和主義の中の最初の規定と憲法本文の第9条に基づいています。

 しかし、同じ前文の平和主義の規定のうちほかの2つの規定は、明らかに最初の規定とは趣旨が違うのです。「一国平和主義」ではなく「積極的平和主義」が日本の平和主義だとして規定されているのです。

特に、3つの文章のうち半分の字数を費やして書いてある3番目には、「自国のことのみに専念して、他国を無視してはならない」として、「一国平和主義」を真っ向から否定しています。そして、自分の国だけではなく世界の平和にもしっかりと責任を持つことが「世界に共通する国家としての政治道徳」とまで書いてある。

 今までなぜこの点が無視されてきたのか、私には理解できません。憲法9条の正しい解釈や改正の是非を論じるためにも、この前文の精神を無視してはならないはずです。

とにかく、今からの日本は、一国平和主義ではなく現実の国際情勢にしっかり対応した「積極的平和主義」をもって、日本はもとより国際社会の平和と発展に寄与することが求められています。

 今の安倍晋三内閣の方針が「積極的平和主義」を基本として、「俯瞰(ふかん)外交」と称して世界全体の情勢を冷静に判断して日本の外交方針を決定し、積極的に行動して、国際社会の期待を集めているのを見てもわかると思います。

 

3、国家の最大の権利が自衛権

 「自国の主権を維持し」という文言もとても重要です。

国家の主権とは、一定の領域(領土・領海・領空)と国民を持ち、他国からの支配や干渉を受けずに自国のことを自主的に決定する権利のことです。つまり国家の最大の権利が主権を維持することなのです。主権が維持されてこその国民主権であって、国民の生命や自由や幸福追求権などの基本的人権も国家主権が維持されていて守られるのですからね。

国家主権の維持というのは具体的には「自衛権」のことです。自衛権とは、他国からの侵略を阻止する国民の意思と軍備のことです。日本では自衛隊ですね。

このことは国連憲章51条では、加盟国の固有の権利として「個別的自衛権及び集団的自衛権」を認めています。もちろん日本に対しても、です。

憲法前文の「平和主義」の規定の中で、「国家主権の維持」つまり「自衛権」のことについて書かれているという事実は、極めて重いといわなければなりません。

今、自衛隊が憲法に書かれていないから、自衛隊の存在を憲法に明記しようという案が国会で議論されていますが、この前文の趣旨で自衛隊は明らかに合憲です。ですからこの前文の趣旨に基づいて憲法の本文でそのことを明確にして、自衛隊違憲論争に終止符を打つことは当然のことではないでしょうか。

 

4、他国と対等の関係に立つ

次に、「他国と対等の関係に立つ」とありますが、それはどういうことか考えてみましょう。国家は、すべて基本的に平等に国家主権を与えられています。面積の広さや人口の多寡、経済力や文化などで差別されてはなりません。

しかし、現実は、そんなに簡単なことではありません。つい70数年前までは、世界は、植民地時代でした。支配する欧米諸国とアジアなどの有色人種の支配される国に、世界は真二つに分かれていたのです。有色人種の国の中で完全な独立国は日本だけでした。

大東亜戦争は、そのアジアの国々を植民地から解放するために、日本が欧米諸国を相手に戦ったのです。戦争は日本の敗北に終わりましたが、結果的に植民地は、戦後、すべて独立を果たし、植民地時代を終わらせることには成功したのです。

こうして、やっと勝ち取った独立ですから、すべての国は「他国と対等の関係に立つ」ために努力しなければならないのです。でなければまた元の植民地時代に戻ってしまうかもしれません。

では、わが日本はどうでしょうか。指摘しなければならないのは、日米関係です。日米は日米安全保障条約(安保条約)によって「軍事同盟」を結んでいることはみんなも知っていると思います。

しかし、この安保条約は「片務(へんむ)条約」といって、基本的に、「日本が他国から攻撃を受けたときは、アメリカが日本を助けますよ、しかしアメリカが攻撃を受けたときに日本は何もしませんよ」となっている。片方だけが義務を負っているから「片務条約」というのです。この関係は対等の関係ではありませんね。これでは日本は完全な独立国とは言えません。アメリカの被保護国です。

ですから日本国憲法の「平和主義」の基本的な考え方は、この片務性を改訂して、「双務性」が確保された日米関係にするための努力を惜しまないという意味になるのです。

平成27年に混乱の末、国会で成立した「平和安全法制」は、そういう日本の努力の一環でした。これで日米関係は対等関係に向けて一歩近づいたといえますが、まだまだ先は長いといわなければなりません。

日本の防衛は、アメリカ軍が「槍(やり)」で自衛隊は「楯(たて)」といわれています。これでは日本の国家主権を守るのはアメリカ軍が主で自衛隊は従ではありませんか。立場が逆です。

この関係を一日でも早く改善して、対等な日米関係を築くことは、日本国憲法の平和主義の精神なのです。

 

 

 


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