校長の道徳授業

「ひとりぼっち」社会からの脱出2

2018.12.15

「絆」を取り戻すために~求められる「人権意識の進化」(2)~

 

第2章 人権思想の歩み

1、人権思想の歩み

(1)人権や民主主義は、戦いによって、勝ち取っていったもの

 ①古代・中世のヨーロッパ

古代や中世では、世界のほぼすべての国で、国王や貴族などの一部の権力者が、国民を支配し、重税を課していま

した。これを専制支配といいます。

  これらの権力者は選挙で選ばれるのではなく、生まれながらにして誰がどの地位に就くか決まっていました。つま

り、一般の国民には、生命や自由も保証されておらず、幸福を追求する権利(人権)は、与えられていなかったのです。

1215年のマグナカルタ(イギリス)は、人権思想や民主主義のルーツとされていますが、国王の権利を制限し、

貴族の権利を確立したもので、一般国民に権利を与えるものではありませんでした。

 

②近代

ア、ヨーロッパ

  しかし近代になって、ヨーロッパでは、一部の権力者による専制支配への不満が高まり、フランス革命(1789)に

よって、国王が処刑されて専制支配が終わります。そしてフランス人権宣言(1789)によって「人は、自由かつ権利

において平等」とされ、「主権が国民に存する」という人権思想と近代民主主義の骨格が生まれることとなりました。

他のヨーロッパの国々でも、国王の処刑まではいかなくても、一般国民が革命などによって、国王や貴族などから権力を奪い取っていきました。

  つまり、人権や民主主義は、国民が革命などで時の権力者と戦って奪い取っていったものでした。

 

イ、アメリカ

イギリスの植民地だったアメリカは、1775年の独立戦争で勝利、1783年、敗北したイギリスは、正式にアメリカの独立を認めました。独立に先立ち、1776年にはアメリカ独立宣言、1787年にはアメリカ合衆国憲法が制定され、「人間の平等と、生命、自由及び幸福追求権が、創造主である神から与えられている」ことなどがうたわれ、天賦人権思想が制度として確立しました。

  ここで注目しなければならないのは、アメリカ独立宣言において「人権」を「幸福追求権」としている点です。

 

③欧米で生まれた人権思想は、白人だけが対象だった

  このように、近代になって欧米で生まれた人権思想は、白人が対象であって、有色人種は対象外でした。依然として

白人社会には奴隷制が存在し、白人国家による有色人種国家への植民地支配が続いていたのです。

  そんな中、20世紀に入ってやっと人種平等を求める動きが出てきました。

 

2、世界初の人種差別撤廃の提案

(1)世界初の「人種差別撤廃」を提案した日本

1914年、第1次世界大戦が勃発しました。この戦争では、負けた国も勝った国も大きな損害を受けました。日本は戦勝国の一員でした。その後、戦勝国によって、二度と戦争はしない世界にしようと、国際連盟が結成されました。

  1919年、パリで開かれたパリ講和会議で、国際連盟の規約について話し合われることになりました。

  この会議で、日本代表の牧野伸(のぶ)顕(あき)は、「人種差別をやめよう」という内容を規約に盛り込むことを提案しました。

 

 

 

この日本の提案は世界で初めてのことでしたから、人種差別で苦しんでいた黒人をはじめ世界中の有色人種の人々が大きな期待を寄せていました。

 

(2)圧倒的多数の賛成にもかかわらず否決された日本の提案

  しかし、いくつかの白人国家がこの提案に反対しましたので、日本は粘り強く交渉を進めるとともに、修正案を提出しました。その結果、採決となり、賛成11か国、反対5か国となりましたが、ウイルソン議長(アメリカ大統領)は、「全員が賛成ではないので、この提案は否決されました」と宣告しました。

  それまで、すべては多数決で決められてきたのに、急きょ全会一致とされたのです。当然、日本代表は猛反発しまし

たが、この決定が覆ることはなく、世界中の有色人種の人々に絶望と怒りを与えました。

 

3、第2次世界大戦後の世界

(1)植民地時代の終焉

①第2次世界大戦の勃発

1919年のパリ講和会議後の世界は、ヨーロッパにおいては、敗戦国ドイツを極端に窮地に追い込むなど、新たな戦争の火種を残し、さらには、日本の「人種差別撤廃案」の否決は、世界史に民族対立という新たな影を落としました。

  そして、1939年、ヨーロッパで第2次世界大戦が勃発しました。

日本は、1941128日、自らの独立の維持とアジアを植民地から解放することを掲げて欧米先進諸国と大東亜戦争に突入しました。

 

②第2次世界大戦の終結

1945815日、日本の敗北によって、第2次世界大戦が終結しました。日本は敗戦国となりましたが、日本が掲げた「アジア民族の解放」という崇高な目標は、その後、果たされていくこととなりました。

 

③植民地時代の終焉

大東亜戦争によって独立に目覚めたアジアの国々は、戦後、日本軍の武装解除後、再び植民地支配をともくろんで舞い戻ってきた旧宗主国(植民地支配していた白人国家)に対して、独立を求めて起ちあがり、独立を勝ち取っていきました。日本は、大東亜戦争には敗れましたが、その目的だったアジアを植民地から解放して、人種平等の世界をつくることに成功したのです。

 

(2)世界人権宣言

1948年、第2次世界大戦後結成された国際連合は「世界人権宣言」を採決しました。その主な内容は次の通りです。

Ⅰ、人種平等  Ⅱ、国家の平等

人類は、フランス革命から160年後、日本提案の「人種差別撤廃案」否決から30年後に、おびただしい犠牲を払って「人種平等」と「国家平等」の世界を達成することができたのです。


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