校長の道徳授業

歴史を訪ねて1 ペリリュー島の戦い①

2011.07.19

「校長先生。昔の日本は悪い国だったんでしょう。兵隊が威張っていて悪いことばかりして、アジアのほかの国を侵略してたくさんの現地の人を殺したりして、そして戦争に負けてたくさんの日本の国民が死んで、僕はこんなひどい国に生まれたことがいやでたまりません」

「君は茨城県の水戸市だったな。水戸には昔陸軍の第14師団があってね。その歩兵第2連隊の1万2千人が昭和19年11月27日に南太平洋に浮かぶペリリュー島でそのほとんどが玉砕したことを知ってるかい? 玉砕というのは全員が死ぬまで戦ったということだよ」

「知らないけど、僕のヒイおじいさんがそのペリリューとかで戦死したということはおじいちゃんから聞いたことがあるよ」

「そうか!それでは今月の心の旅は、64年前の昭和19年9月のペリリュー島に「勇志号」の行き先をセットして、君のヒイおじいさんに会いに行こう!日本が悪い国だったかどうかはその後で君が判断すればいいよ」

架空のタイムカプセル「勇志号」は、こうして歴史探訪の第1歩をスタートすることになりました。第1回の今回は現在のパラオ共和国ペリリュー島です。

さあ、着きましたよ。ペリリューはフィリピンの東方数百キロの南太平洋に浮かぶパラオ諸島の中の小さな島だけど、東洋一の日本軍の飛行場があって、日本国土防衛の最前線基地だったんだよ。大きさはちょうど勇志国際高校がある御所浦と同じ面積です。このペリリューを守ることは日本と日本の国民を守ることだったのです。その守備隊が1万2千人、君の地元の水戸の部隊が派遣されていたのです。その中に君のヒイおじいさんがいらっしゃったんだ。

若い兵隊さんが皆上半身裸で汗だらけで穴を掘っていますね。アメリカ海軍の総攻撃を控えて皆で洞窟陣地をを掘っているんだ。ペリリューはサンゴ礁で出来た島だから岩盤ばかりでとても硬いんだ。この灼熱の中でほとんど手掘りで500も掘ったというから大変な苦労だったと思うよ。

君のヒイおじいさんはあの人だ! まだ28歳の小隊長さんだ。部下を指揮して真っ先に立ってツルハシを振るっておられるあの方だよ。やあ、君にそっくりじゃないか。

その隣で全体の指揮を執っている肩幅のがっしりした人がいるよね。あの人はペリリュー守備隊長中川州男大佐です。中川大佐だけが熊本出身で勇志の社会科担当徳永先生にとっては母校玉名高校の大先輩になります。

君のヒイおじいさんが島の人たちを何か必死で説得しているよ。なんだろう?

「皆さん、日本軍は皆さんを一人たりとも犠牲にはしないという方針なのです。ですからどうか私の言うとおりパラオ本島に非難してください。ここはまもなく米軍の総攻撃を受けるのです。夜は空襲がありませんので今のうちです。日本軍の船で我々が無事に送り届けますから早く乗ってください」

住民の人々が口々に何か言ってるよ。

「いやです。私たちも一緒に米軍と戦わせてください。私たちは長い間白人の統治下にあって奴隷のように扱われてきたのです。日本の統治下になって初めて同等の人間として扱われました。ですから私たちも同じ日本の国民と思っています。日本人として誇りをもって戦いたいのです」

「皆さんのお気持ちはうれしいのですが、これは中川隊長の命令です。残念ながら一人の例外も認めることは出来ません」

パラオは1885年からスペインの植民地に、1899年からドイツの植民地に、そして第1次世界大戦でドイツが破れ戦勝国であった日本が1920年から国際連盟(当時)の委任を受けて統治するようになったのです。ですから日本の統治になって24年が経過していたのです。

日本軍による住民の避難作戦は、こうして米軍の空襲(飛行機からの爆弾や機銃による攻撃)の合間を縫って無事に終了したのです。

昭和19年(1944年)7月下旬から米軍によるペリリュー島空爆開始、9月12日から艦砲射撃開始(戦艦などから陸地に向けての大砲による攻撃)、島の形は原型をまったくとどめないほどの攻撃にさらされました。そして9月15日午前6時半、アメリカ海軍きっての精鋭部隊第1海兵師団による上陸作戦が開始されました。

君のヒイおじいさんが椰子林の陰に身を隠して部下を指揮して戦っておられる。敵は上陸用舟艇で陸続と白い砂浜に上陸してくるよ。しかし洞窟陣地を利用した日本軍は一歩も引かない壮絶な戦いぶりです。

5日間の戦いで、上陸作戦部隊第1陣の第1海兵連隊は日本軍の強固な守りの前に壊滅しました。白い砂浜も海の水も米軍の血でオレンジ色に染まっています。戦後60数年がたった今もこの美しい海岸はオレンジビーチといわれていますが、このときの情景がそのまま地名になったのですね。

しかし日本軍も大きな損害を受けました。9月29日段階で全兵力の8割以上を失って、戦闘可能な兵力は1,700名になっていました。君のヒイおじいさんは大丈夫かな。アッ!よかった!顔は汚れて真っ黒だけどお元気だった。しかし部下の半数以上が戦死したと中川隊長に今報告されたところだ。


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